ある日本の酒蔵

「ある日本の酒蔵」

文/写真/鰐部マリエ



信州の小諸という場所に今はもう、動けなくなってしまった酒蔵があります。明治の初め頃に小諸の与良から分家して作られたこの酒蔵の名前は、「山謙酒蔵」といいます。

分家されたのは明治ですが建物の作りは古く、かつての本陣の一部を酒蔵に改造して建てられたこの建物は江戸の中期か後期辺りに出来た伝統がある酒蔵でもあります。この大きな酒蔵に今年75歳になる小山武子さんは一人で暮らしています。「酒作りは、夫が3年前に亡くなってかもう止めてしまいました。それに今は日本酒は売れない時代ですからね。遠くから安くて美味しいお酒が入ってくると、地元の人でもなかなか買わなくなってしまいました…」

大きな門を通されて入った薄暗い、少しヒンヤリとした酒蔵。電気を一つずつ付けていくと山謙酒蔵「姫百合」の空の一升瓶、大きなお釜、それに7000ℓものお酒を入れていた酒樽が目に入りました。「昔は毎年11月頃に、新潟から冬至の人達が来て泊まり込みで酒造りの仕事をしていたのよ。酒蔵の朝は早くてね、朝5時から仕事が始まっていたの。だから私が目を覚ますとお米を炊くモクモクした白い蒸気が酒蔵からワーッと登っててね、それで「お母さんご飯!」ってみんなお腹を空かせて催促にきたものなんですよ」皆の話し声や働く音が響いていたこの酒蔵は、今では小さな声でも響いてしまう程静になってしまいました。

すると、武子さんは真面目な顔でこんな事を私に聞かせてくれました。「酒造りはもう無理よ。でも、この古い酒蔵をなんとかして残したいと思うの。それに酒蔵は広くて、静で落ち着くでしょ、だから芸術家達のアトリエの様なものになったら面白いなとは思うのよ。」武子さんの声が酒蔵のヒンヤリとした空気にのって細く、でも遠くまで響きました。「でも、そういう場所を探している人がどこかにいらっしゃるのかしら…」武子さんのこの一声がまるで水滴の雫のように物音一つしない酒蔵の空気にぽつりと落ちていきました。





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コメント: 4
  • #1

    イーズカ (金曜日, 14 1月 2011 19:28)

    やっと冬眠から覚めたかね。

  • #2

    waniwani (土曜日, 15 1月 2011 02:26)

    イーズカさん

    少しずつですが、書いて行きたいです(><)よろしくです。

  • #3

    フクザワ (土曜日, 15 1月 2011 11:12)

    長野県民だけれど、このお酒は知らなかったな。実家の周りにも何件か酒蔵があるけれど、たしかに昨今のワインや焼酎のブームで、廃業する蔵もあるよ。よほど高級なブランドで売り出している蔵以外は大変そう。
    でも長野は画家や作家がよく移り住んでいるから、小諸の蔵も誰か使ってくれるといいね。長野に移住したい人向けのサイトならよくあるから、作家向けのそういうのもあるかも?

  • #4

    marie (日曜日, 16 1月 2011 02:46)

    うん。この小諸の酒蔵にステキな事が起きますようにとすごく願ってるよ(><)
    ここの酒蔵が広がっていき、武子さんの思いが形になりますように。。。。